第16回「土橋塾/新しい哲学のすすめ」、開催のお知らせ!

大きな変化の波のなかにあるこの時代、これから何を意識し、どう生きていけばいいのか? ハンカチーフ・ブックス『じぶん哲学』の著者でもある医師・土橋重隆先生による、これまでの価値観・発想を見直し、「考える力」を根本から磨いていく新しい「学びの場」に参加してみませんか?

 

哲学といっても、頭の中で難解なことを思い巡らせるものではなく、それは、自分自身の生きる力を磨くための物の見方。

目の前の現象を自分自身で解釈し、腑に落ちる答えを見つけ、体験を通じて自由になっていく、自らを解放させていく……そんな「生きる知恵」と呼べるものです。

 

医師という肩書きだけでは収まりきらない土橋先生の発する示唆に富んだメッセージを、参加者の皆さんとシェアし、意識次元のイノベーションを起こしていきましょう。セミナーや著書を通じて土橋先生のお話に接してきた方はもちろん、自分の生き方・考え方を見直し、もっと自由な発想、生き方を身につけていきたいと思っている方の参加も大歓迎。

席が限られていますので、ご興味を持った方は早めのお申し込みをお願いします。

 

 

第16回「土橋塾/新しい哲学のすすめ」概要

日時 2017年11月30日(木)18:00〜21:00
*2ヶ月に1回開催
場所 都内を予定(申し込みされた方に詳細をご案内します)
話し手 土橋重隆(医師)
聞き手

長沼敬憲(「ハンカチーフ・ブックス」編集長)

定員 15名
参加費 4000円(お茶代を含む。参加費は、当日、現金にてお支払いください)

 

|お申し込み

メール(contact@thunder-r.net)にて、

①お名前(ふりがな)

②メールアドレス

③当セミナーを何で知ったか(初回の方のみ)

件名に「11/30土橋塾申し込み」とご記入のうえお申し込みください。
折り返し返信をいたします。

*メールをいただいてから2日以内に返信いたします。
*返信メールが「迷惑メール」に振り分けられるケースもあるようです。
もし連絡のない場合、迷惑メールのフォルダのご確認もお願いします。

 

|主催
ハンカチーフ・ブックス

 

|プロフィール


tsuchihashi土橋重隆 Shigetaka Tsuchihashi

外科医、医学博士。1952年、和歌山県生まれ。78年、和歌山県立医科大学卒業。81年、西日本で最初の食道静脈瘤内視鏡的栓塞療法を手がけ、その後、2000例以上の食道静脈瘤症例に内視鏡的治療を施行。91年、和歌山県で最初の腹腔鏡下胆嚢摘出手術を施行、8年間に750例以上の腹腔鏡下手術を行う。
帯津三敬病院にて終末期医療を経験、三多摩医療生協・国分寺診療所での外来診療などを経て、東京都内にて自由診療クリニックを開業。著書に『ガンをつくる心 治す心』(主婦と生活社)『50歳を超えてガンにならない生き方』(講談社+α新書)『死と闘わない生き方』(ディスカヴァートウェンティワン/玄侑宗久氏との対談)『じぶん哲学』(ハンカチーフ・ブックス/幕内秀夫氏との対談)などがある。http://tuchihashi-world.jimdo.com

 

hiden_1308_01長沼敬憲 Takanori Naganuma
1969年、山梨県生まれ。サイエンスライター&エディター、出版プロデューサー。リトル・サンクチュアリ代表。「ハンカチーフ・ブックス」編集長。30代より医療・健康・食・生命科学の分野の取材を開始、書籍の企画・編集・プロデュースに取り組む。著書に『腸脳力』『この「食べ方」で腸はみるみる元気になる!』。エディターとして、累計30万部に及ぶ「骨ストレッチ」シリーズ(『ゆるめる力 骨ストレッチ』『「筋肉」より「骨」を使え!』『人生を変える!骨ストレッチ』)の出版プロデュースを手がけるほか、『腸を鍛える』(光岡知足)、『Q&Aでよくわかるアレルギーのしくみ』(斎藤博久)、『栗本慎一郎の全世界史』(栗本慎一郎)、『医者が教える長寿のコツ』(佐古田三郎)、『死と闘わない生き方』(土橋重隆・玄侑宗久)など、身体・生命に関わる様々な書籍の企画編集に携わる。http://little-sanctuary.net

 

 

 

★土橋先生の発想・考え方について知りたい方、下記の一文をご覧ください。

 

すべてマジック

この国とかお金のシステムなどいろんな社会のシステムを含めて、「すべてマジック」なんじゃないかと、そんなふうに私は思っています。

マジックというふうに考えると分かりやすいことがいっぱいあるんですね。ところがマジックだと分からない人がほとんどで、その人たちがマジックをかけてる人の言うとおりに動いている、そんな感じがしますね。

医療においてはそれもはっきりしていて、検診もそうですし、診断・治療というのも、枠組みを決めて、やり方を決めて平均化して、その患者さんに特別なことをするのではなく、みんな一律に同じことをする、……これをマジックというふうに考えると非常によく分かるんですよね。

マジックという以上、そこにはタネがあるわけです。タネ明かしをしてしまうと「なんだそういうものだったのか」と分かっちゃうんですけども、そうした「タネ明かし」について知っている人はほとんどいない。医者もマジックのなかで仕事をしていますから、もちろん医者も分からないわけです。

少し視点を変えてみると、全部タネが分かっちゃうと「なんだこんなことか」となりますから、いま受けている治療についても「こんなことで治るわけがない」ということがわかってしまう。で、ちょっと逆説的な言い方になりますが、このマジックから解放された人が治っていっていると私は思っているんです。

たとえば、不思議な経過でガンが治っていく人がたくさんいます。そのなかには自分でガンだと“診断”して、自分で“治療”して「治った」と言っている人もいるようですけども、そうじゃなくて、本当に医学的にガンだと診断されて、それがもうダメだと言われている人が、医学的には理解できないような形で治癒してしまう、自然退縮とかも含めて、そうしたことも現実に起こっているわけです。

こういう方は、おそらく医療がマジックだという意識はないかもしれませんが、自然にタネ明かしみたいなことを自分でしちゃって、「もういいや」と開き直っている。そうやってマジックという作られた枠組みを取っ払っちゃった人のなかに、まったく違うエネルギーが入ってきて、それで治っていくというふうに、私は感じるのです。

タネ明かしに気づいていくための手段というのはいろいろあるわけですが、私はそうした手段は何でもよく、ただ「枠の外へ出る」という意識が大事だと思っています。

この社会の政治、宗教、マネー、こうしたものすべてがマジックであると気づいた人が、自由になるわけです。自由になるというのは、いままで閉じていた窓を開いて、新しい空気が入ってきてまったく違う空間になっていく、そんな状態をイメージすればいいかもしれません。

その空間が身体であれば、まったく違う身体になっていくわけで、マジックだと分からなかった時にかかっていた病気も、「あぁ、そうなんだ」というふうに分かれば、どういう形にせよ消えてしまうことになる。ちょっと不思議に思われるかもしれませんが、そうしたことも起こりうるのです。

そもそも、医学もマジック、その大元にある科学もマジックですから、まず決め事があって、その範囲だけで「やっていきましょう」ということになっていますから、そんな枠があってはすべては説明できないですよね。身体に起きた変化を説明しようとしたって無理だし、それを治そうとしたってちょっと不自然だし、無理があります。

そういったものから解放されていけば、科学では説明できない、医学では説明できない、この世の中の仕組みで言えば法律では説明できないような、“結果としてそういうことが起きる”という現実がしっかり捉えられるようになっていきます。

ですから、世の中がすべてマジックだというふうに分かるか分からないかで、人生は大きく違ってきます。マジックだと分かって、そのマジックの世界をどう生きていくかという、これも私は楽しいんじゃないかと思います。私自身はそういう感覚で、承知の上で、この世界を生きていくという、そこに自分自身は生きる意味を見出しているのです。

皆さんも病気になって、診断されて、治療という世界に入っていくわけですが、「これはひょっとしたらマジックじゃないか?」と、「このタネ明かしができたら完全に治っちゃうんじゃないか」と、「この先生の言うことだけ聞いていたらマジックの世界で終わってしまう。そういうわけにはいかない!」といったふうに少しでも考えることができたら、経過も変わっていくと思います。

病気が治ることも大事ですが、そうなると、それ以上に大事なことがつかめるのではないかと思います。皆さんには、そういうふうに考え、生きていける人になってもらいたいと思っているのです。

土橋重隆の「平成養生訓〜21世紀は治療から予防へ」2014年9月3日「すべてマジック」をもとに構成)

 

 

 

病名とは?

病院やクリニックへ行くと、ほとんど場合、病名がつけられるます。病名というのは保険診療を行ううえで絶対に必要なものなんですね。

病名がないと保険請求が出来ないわけです。確定した診断でなくても、疑い病名をつけないと請求ができないということになっているわけです。

ですから、必ず病名がつきます。そして、その病名について医者は患者さんに説明するわけですが、この病名というのはほとんどの場合、胃ガンとか大腸ガンとか、肺炎とか肝炎とか腎炎とか臓器の名前が付いているんですね。

こんなふうにこういう病名がつくとですね、「胃が悪い」とか「大腸が悪い」とか「肝臓に異常がある」とかいうように臓器が主語になるわけです。
そうすると患者さんはその臓器が悪いというように思っちゃう。もちろん、説明している医者もその臓器が悪いと思っていますから、両方とも問題をその臓器に求めるようになるわけです。

いまの医療というのは、すべてがここから始まるわけです。医者も臓器以外のことは説明しませんから、臓器の異常を数値と画像に表現して、診断名を付け、臓器一点に絞って話を進める。

もちろん、診察を受けに行くということは「どこが悪いのか」と「臓器」のことを考えているわけです。どこが異常があってこういう症状になっているんだろうということで診察に行くわけですから、そうすると話が合ってくる。
「そうか! 胃にこういう潰瘍があったから、こういう痛みがあったのか。やっぱりそんな気がしてた」と、本人も病名を聞くとそういうふうに思ってしまうわけです。

そうするとそれ以外のことはあまり考えずに「そこの臓器を治そう」ということになっていきますね。
しかし、よくよく考えてみると、臓器に起きた変化というのは「結果」であって、そこに原因があるわけではないんです。

これが結果であると考えるようになれば「じゃあ、これは何の結果なんだ?」ということになるわけですが、病名からスタートしますから「結果」が「原因」になってしまっている。「結果」が「原因」として話が進むのですから診療内容というのは「臓器の診断→臓器の治療」となっていくのです。

一方、病気を結果というふうに考えれば、形に現れる前のところに原因があることがわかります。もちろん、そうした原因は本人にしかわからないし、数字には現せませんし、画像なんかに現れることもありません。医者もそんなこと言いませんから、本当の原因というのは本人が考えるしかないわけです。

もっとも、本人は何にも考えないで、医者の指示に従って治療を受けていくことが普通ですね。
特にガンなどは、どこにどの程度のガンがあるのかということからその治療方針が決まるわけですが、患者さん本人が何も考えないとその医者のペースで進んでいきます。その治療を選択するのは患者さんの自由ですが、ほとんどのガンの場合は医者の指導に従うことになります。

「自分は素人だから分からない」と患者は考えます。だからこの診断名に対しては医者のすすめる治療を受けようということになるわけですが、これは「原因に対しての治療」ではないんです。

「結果に対しての治療」であって、「原因に対しての治療」は素人かどうかは本当は関係ないんです。医学以前の問題が原因ですからその治療は実は自分でできないことではないんですね。

では、何がその病変をもたらしたのかということになると、ほとんどと言っていいほど「過度のストレス」が原因になっています。それははっきりと証明できるものではありませんが、何となくわかりますよね? この「何となくわかる」というのが大事だと思います。

繰り返しますが、「過度のストレス」とは何だったのかということは体験した本人しかわかりません。
本人が気づかないストレスももちろんありますが、一応、病名がつけられたら、そうした病気をつくった「過度のストレス」とは何だったのかということを考えてみてください。

本当の治療というのは自分でしかできないのです。 医者がやる治療というのは対症療法と言われるものであって、自分自身なら原因治療というものができます。
どちらが大事かというと、どちらも大事と言えば大事なわけです。実際、どちらが大事かとは言えないケースもありますよね? 例えば、急性期の場合です。いまどうにかしないと、「過度のストレス」なんて考えてる場合じゃない時もありますから、そういう場合は西洋医学も威力を発揮するわけです。

でも、それはちょっと次元の違う話ですから、通常の治療では自分自身は「過度のストレスとは何だったのか?」ということを考えて、医者はその起きた現象に対処をすると。まぁ、やらない方がいい治療もあるわけですが……そういうふうに二本立てで考えていけばいいと思います。

本当の重要性から言えば、その「過度のストレス」をどうしていくかということが大切なんですよ。ガンの再発の場合は特にそうです。起きちゃったストレスはもうしょうがないことですから、これから同じようなストレスを受けないように自分自身でライフスタイルを変えていくということが本当の原因治療になるわけです。

ですから、病名に惑わされないようにする。診断名をつけられると、これは絶対的なもののように受け止めてしまいがちですから、その点を注意する。
医療のシステムも、そのなかのお金の流れも「病名」というところから始まっていきますから、無視はできないわけですが、「病名」の意味を考え、それは「原因」ではなく「結果」だというふうに考えることができたら、診断・治療のそれぞれの意味もまた変わってきます。いままで誰もやってこなかった対応のしかたもできるでしょう。

私は外来では、常にどんな病気でも「これはもう結果なんだ」と患者さんに言います。
それは、咳が出るとか喉が痛いとかそういう場合も同じなんです。病名をつけてしまうと「これは重症だ」とか「これは軽い」などという話になってしまいます。

でも、原因と結果ということを考えていけば、どれも同じ構造になっていることがわかります。すべて同じとらえ方で対応していけるはずなのです。

土橋重隆の「平成養生訓〜21世紀は治療から予防へ」2014年9月24日「病名とは?」をもとに構成)